とりとめのない話し一覧

とくにテーマが無いものを書き連ねています。雑文です。

明け方に尿閉やらかしました。

 やってしまいました。一年ぶりです。夜9時を過ぎたら水分摂らないようにしてるんですけどね。
 前日夕方、久しぶりにコーラをコップいっぱい飲んだけど、それか?
 飲んだ分が体に取り込まれちゃって寝るまでに排出できなかったってことかな。水分補給にはコーラがいいのかも。
 毎日一錠飲む薬(タムスロシン)のおかげで一年間なんでもなかったので油断してたのかも。

 いつもは就寝後から起床までの間に二回程度トイレに起きます。一回目は就寝後二時間くらい。二回目は早くて三時間、四時間くらいあくときもあります。その後また寝るわけですから睡眠時間は確保されてるし、日常生活に支障は来してません。昨晩は一回目のトイレのとき、なんか出が悪いなと思ったんですが、とくに気にしませんでした。二回目のトイレで尿閉。初めてだったら焦りまくるだろうけど、二回目ですから、ああ尿閉しちゃったと。この時点ではそんなに深刻に考えてません。水分摂り過ぎたわけじゃないし、一気に深刻なほど膀胱満タンにはならないだろ、タクシー呼んで夜間診療所とやらに行けばそれで済む、程度に考えてました。

 ところがそうはいかなかった!

 昨年春の尿閉は平日夕方だったので、前立腺肥大で通ってる泌尿器科クリニック(センター南の木村クリニック)で処置してもらい、思いのほか痛くなく、医療の発展はすごいなと思ったのに(前立腺肥大による排尿障害、そしてめまい(1))(ブログ内リンクです、別窓で開きます)、今回はもう拷問並の激痛でした。医療の発展じゃなくて医者の腕だったんだと痛感。

 寄りによって日曜の朝。ま、日曜じゃなくても木村クリニックが開くまで我慢出来ないと思うけど。
まずは検索して近くの夜間救急センターに電話。と、メッセージが流れて24時までなんだって。知らなかった。夜間というのは普通のクリニックが終わった後の20時~24時のことらしい。
 流れるメッセージにあった、時間外(夜中とか)に診てくれる病院を探してくれる「なんとかセンター(気持ちが焦ってるので電話番号書き留めるだけで精一杯)」へかけなおし。
 こっちの住所を言いながら状態を話し、とても長時間は我慢出来ないと言ってるのに、最初に紹介されたのは、なんと中区の診療所。無理。港北か都筑でないですかと質問し、次に教えてくれたところに行くことに。そこに電話してOK取ってタクシーでいって、タクシー代4600円也。
 尿閉に気づいてからここまでですでに1時間半くらいかかってます。尿意感がもうせっぱ詰まりそう。

 焦ってるから、今思えばなんで気づかなかったんだろうってことが一つ。横浜労災病院の救急外来に電話して確認するのが先だったんだよね。断られる可能性もあるけど聞くだけ聞いて損はなかった。泌尿器科はかかってないんだけど、診察カードあるし、一応かかりつけ病院だし。そっちだとタクシー代4千円弱。

 病院に着いてから受付し、割とすぐに処置室へ。でも医者が来ない。仮眠でもしてたんだろな、と待つことしばし。
 ER緊急救命室見てるから、わかるよ。明け方の急患にベテラン医師があたるとは限らないよね。マスクしてるからわからなかったけど、しゃべり方は若い感じの女医さんだった。尿パイプ入れていくとき、拷問並の痛さ。持続する痛みかつ少し進むと激痛。痛いだけじゃなくなかなか導尿出来なくて尿パイプを前後に動かすから痛み倍増。動くと危ないから力抜いて動かないでって言われるんだけど、ズキッときたら「うっ!」なりますって。あれを耐えて、ビクッとも身動きしない人がいるとは思えないです。
 でも導尿(尿パイプ)って医者になるための学校で最初のうちに教え込まれるって聞いてたんだけど、やっぱりそれでも専門にしてないと不慣れなんだろね。

 処置後の痛みがまだ続いてる。排尿時の出血は二回で止まったけど、しみる痛みはまだ続いてる。
 ストレスで食欲無し。怖くて水分もあまり取れずに帰宅してからさっきまで横たわってた。


 帰宅してから時効型インスリン(トレシーバ)だけ定量打ち、水分はここまで麦茶コップ一杯半くらい。食事はまったく無しなのに血糖値が上がりっぱなし。ストレスで高血糖っての、またも検証してしまったw
 膀胱や尿道が変に傷ついてないか心配なので、一晩経っても排尿時の痛みが消えなかったら、明日一番で木村泌尿器科に行ってきます。痛みがなくなってたら次回定例診察時まで待つことに。

 久しぶりのブログ更新がこんなのでアレだけど、まあ備忘録なのでお許しをw

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年が明けるとお正月。そして... 誕生日がやってきます。

 私の場合は、ですがw
 本日無事に満七十歳の誕生日を迎えました。それこそ「めでたくもありめでたくもなし」なのではありますが、自身としては「めでたい」ほうが大きいです。本音としてここまで生きてこられるとは思ってなかったし、もっと本音として「こんなに元気なまま」で、ってのがあります。そりゃあ、「寄る年波には勝てない」ってやつの持病はありますけど、全体的にはメチャ元気です。頭も含めて。
 今日の話は昨日の続き、今日の続きはまた明日、的な感じで言えば毎日毎日淡々とすごしてきてるだけで、昨日と今日、そして明日の違いなんてないんですけどね、「70」という数字を見るとやっぱりね、ちょっと自分で驚いてます。

 小さい頃はこの誕生日(日付ね)不満でした。一月六日ですよ。学校は冬休み。最近は月一回まとめてその月生まれの子の誕生会をクラスでするみたいですけど、昔はそうじゃなかった。
 まだ各家庭に電話もない時代だし、とてもとても仲良かった友だちを数人、冬休み前に約束して来てもらう程度だった。近所に学校友だちが居るだろうと思うでしょうが、なぜか私は小学一年生から学区外からの越境通学、電車で通ってたんです。私立じゃないですよ、公立の普通の小学校です。いまだに理由がよくわかりません。両親共に他界しちゃってるしいまさら聞けない。それこそいま思えばなぜか公立なのにそういう生徒が割と多い小学校(そのまま持ち上がりの中学校も)で、地域別に学外の班に入るんですが、1から9までが実際の地域割り。10班てのがあって他の班と同じくらい人数がいた。それこそ家から家まで電車使って一時間の相手と同じ班だったり。夏休みや冬休みに会える相手じゃないです。

 というわけで誕生日の思い出ってほとんどないんです。しかも、親としても年末年始でお金も使って、おせち料理も食べて、お年玉も渡して、親戚訪問して三が日も明けた一月六日ですよ。父はもう年始開けで職場の新年会なんかで疲れて帰ってくるし、みんな疲れてる。産んだときも大変だったろうなとは思いますが。

 ちなみに、孫一号の誕生日がクリスマスの日。きっとそれなりに思うところはあるんだろうな、と経験者としては思います。プレゼントはもちろん二回分相当になりますが、本人は楽しみが一回減るわけだしね。

 ってなわけで、本日無事に70歳を迎えました(しつこいw)。いやあすごいですね。ついに70代ですよ。若い頃、ここまで生き延びるとは思ってなかったのです。父が50代前半で亡くなってますし。父の年齢を越えたときは、ああ越えたんだと思ったけど、この先はそんなにないだろうなと思ってましたから。副腎摘出やらウツやら1型糖尿病発症やら重なりましたしね。

 節目の年といえば20歳になったときはそれほど感激もしなかった。今日から外で堂々とお酒もタバコもOKなんだなと思ったくらいかな。
 30、40、50のときもとくに何も思わなかった。歳を一番感じたのは20代後半。近所の仕事仲間の事務所に中卒の子が入ってきまして、干支が一廻り下だった。え~っと思いました。12歳も下の子がもう社会人なんだ、と。名前も顔も思い出せないんだけど、その一廻り下ってわかったときの会話だけが鮮明に記憶に残ってます。
 それともう一つ、25歳で子供を持ちましてその子が三歳くらいだったかな、外で遊ばせてたら、「~ちゃんのおじさん」って遊んでたもう少し年上の子供に呼びかけられまして、ああ俺はもうおじさんなんだ、そうだよな、親だもんな、と思ったとき。このときは意外にショックでした。

 60の時は還暦だし、それなりに思うことあったよな、もうブログやってたから何か書いたよなと思ってさがしてみたけど、何も書いてない。
 でも還暦だって書いた気がするよな..ツイッターかな?と思ってツイッターの過去記事アーカイブをリクエストして取得。けっこう時間かかります。リクエスト出して忘れた頃メールでリンクが届きました。リクエストしてから30分後にはまだ来てなくて、一時間後にふと気づいたら来てたから30~60分の間くらい。届いたリンクからZIPをダウンロード。中身はほぼ全部jsファイル。うーん、Javaスクリプトか。長文のreadme.txtは英語で意味がわからない。Javaスクリプトなら中身テキストだからツイートを確認したいだけならテキストエディタでいいやと、たぶんこれがつぶやいたデータと、5.6メガものデータを開き検索。
 [ 2010″]で検索。f3キー押しっぱなしで2010年の一月分見つけた。perlあたりで正規表現駆使して文字列探せばいいんだけど、もうperlの実行環境も入れてないし。力技で探した。

 むむむ。2010年1月のつぶやき。2010年に限らずその後の年末年始、毎年似たようなこと書いてるね。正月だから昼酒でいいんだとか、肴が美味いとか。よほど後ろめたい気があるってことだ。

誕生日前日(あ、標準時か。日本だと4日の午後? あ、逆か、6日の朝9時かな)

“created_at” : “Tue Jan 05 00:11:11 +0000 2010”,
“favorited” : false,
“full_text” : “最近の驚き、1:テレビのリモコンってテレビに向けないでもいいんだね。2:電子レンジって中で廻る物と思ってたら最近はそうじゃなくなったらしい。3:60歳になると1800円の映画が1000円で見られるらしい!”,

 これ、還暦祝いに子供たちから32インチのテレビを年末にもらったからだと思う。当時は32インチのテレビまだ高かったんですよ。

誕生日当日

“created_at” : “Wed Jan 06 12:11:10 +0000 2010”,
“favorited” : false,
“full_text” : “誕生日、節目ではありますけどめでたいかどうかはわからんですね(笑) もう冥土の旅への一里塚そのものじゃないかと。あ、そうか。先へ向けてのめでたいじゃなく、ここまでこぎ着けたことへのめでたさってのもありかも。うん。それなら確かにめでたい。”,

 やっぱり同じようなこと書いてること再認識。この歳になると10年なんて昨日みたいなもんだから。思考ルーチンも変わらないんだよ、きっと。80になったときも書きそうだ。

★70歳になると60代とはいろいろ世間の扱いも変わってきます。
運転免許更新
 更新時にいままでとは違う「高齢者講習」が必要になります。金も時間もかかる。リタイアしてからもう車も手放したし、レンタカー借りるかなと思ったけど借りたことないし、免許返上しようかと思うんだけど、返上すると「いま使ってる免許証」がそのまま身分証明として使えるんですよね。「運転経歴証明書
 この「いま使ってる免許証」ってのがちょっとイヤなんであります。というのもゴールド免許創設時代から何十年もゴールドだったのに、前回更新時の直前に一時停止違反やりまして、初めてゴールドじゃなくなったんです。次回更新時にゴールドに戻る。そうなってから返上したい。だから金と時間かけてもう一回更新しないわけにいかない。注意書きによると年末年始の高齢者講習は混み合うんだそうだ。誕生日が一月六日だからどうしても年末年始になる。免許更新とは別にもう少し早く講習だけ受けられるのかな。ま、そのときが来ればわかるでしょ。来年(つまり本年末から)と思ってたらまだ二年先だった。自分のブログで知ったりしてw

国民健康保険
 いま三割負担ですがこれが二割負担になります。所得制限がありますけど、私は年金のみだから制限内です。誕生日からではなく誕生日の翌月からね。理由は毎月負担額の上限があるかららしいです。日割りという概念がないのでどうしても誕生日の翌月一日からにならざるを得ないらしい。一日生まれだとその月から適用だって。

敬老パス

横浜市の場合ですけど、年額8000円(基本)で横浜市営地下鉄と市内を走るバスが乗り放題になります。私の年収だと一割引の7200円だって。あくまでも横浜市内。横浜市の制度であって神奈川県の制度じゃないですからね。JRはもちろん私鉄も横浜市内だけ走ってる鉄道路線ってないので適用外。
 バスで市外に跨がる路線は「市内から乗るか、市内で降りる場合のみ」適用。ウチは横浜市の北の外れで徒歩で川崎市に行けちゃう位置なので当然バスもそっち行くのがあるけど、乗るときはいいとして、帰りは「どこそこで降ります」って申告するのかな。一回やってみればわかるか。
 敬老パス、来年度は見直しがあるそうな。10月1日から9月30日までの年一期なので次の更新時にはなんらかの変化あると思う。ここらはツイッターに書いたので張っておきます。
 もういくつかコメント書いてるんだけど、全コメントをツリー表示して貼り付けはできないのね。つぶやき部分をクリックすると続きが読めます。

ではでは。今年もよろしくお願いします。

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今年も今日で終わりですね

 ずっと更新をサボってきましたが、一年最後の大晦日くらい更新しないといけませんよね。
 最近は、思いついたときに思いついたことをサッと短文で書き殴れるツイッター(https://twitter.com/mn2516)で書き欲は落ち着いちゃってます。

 さてさて。今年はいろいろありました。世間で、ではなくて私の身辺で。

★大きなのが「めまい」と「尿閉」

 先に来たのは排尿障害(尿閉)。「前立腺肥大による排尿障害、そしてめまい(1) ブログ内リンク」

 めまいとほぼ同時期だったのでなんらかの関連はあるのかもですが、症例的には全然関係なさそう。尿閉はもちろん初めてです。
 めまいはその四年前(2015年春)、季節も同時期に救急車で救急外来に運んで貰ったほどのめまいを経験してます。「めまいと吐き気 ブログ内リンク」
 そのときの経験のおかげで「これで死ぬことはなさそう」という安心感は持てました。なんでも経験様々ですね。

 尿閉は初めてです。当面は薬だけです。薬名「タムスロシン」。他はおしっこをためすぎないように努力するだけ。前立腺の手術はいまのところまだお薦めしないと言われました。手術は難しいものではないが、それなりに危険を伴わないわけじゃない。尿閉は尿パイプで導尿すればいいだけで命に係わることじゃないから、と。「あ、出なくなった」と気づいた時点でどんな病院でもタクシーで駆けつければ大丈夫。導尿はドクターなら誰でもできるそうな。最初の時は切羽詰まるまで医者に行くかどうか迷ってたからつらくなっただけ。だそうだ。

 めまいは8月ごろにほぼ収束、その後少し様子を見て10月には耳鼻科から解放されました。排尿障害は続いてます。これはもう今後ずっと一生物、最悪な場合は肥大しすぎて手術を免れなくなればそこで薬は解決、となるらしい。めまいがおさまってから、反動だと思うけど、食欲旺盛になって体重増加を抑えるのが大変です。過去形じゃなく、いまだに食欲がすごくて長年の平均体重より2Kgほど多く、なんとか元に戻さねばと思うのにそこから減らないで困ってます。幸い、これ以上太っては行かないんだけどね。BMIもまだ24弱なんで年齢から考えるとこれくらいあったほうが良いらしい。

★孫三号が小学生になりました。
 これで娘(私の娘、孫の母)は保育園の送り迎えがなくなった分、少しだけ楽になったらしい。孫一号は六年生に。あと数ヶ月で中学生だ。早いよねぇ。あと10年もしたら、もしかしたらひ孫が居る可能性だってゼロじゃない。私は24で結婚して25で最初の子を持ったから。
 ちなみにロンドン在住の息子一家のとこの孫二号も来年秋に中学生になります。60歳も70歳も大差ないけど、2歳と12歳じゃ全然違う。

★ツイッターも、このブログも8月で満10年を過ぎました。
 どちらも2009年の8月に始めてます。ツイッターは淡々と継続してます。ブログは最初の頃の勢いはもうないし、そこまでの気持ちもないですね。
 やはり何かに特化したブログじゃないと継続は難しいのかもしれません。継続は力なりと言いますが、だらだらと継続してるだけになっちゃってます。閉鎖するつもりはないのでしばらくはこんな状態ですかね。ツイッターでは書き切れないときとか、備忘録的に書いておいた方があとで思い出しやすいな、とか。そんなときにはブログ、ですよね。ツイッターはそういう目的には使いにくいです。

★FreeStyleリブレ
 本年のできごとってわけじゃないですが、FreeStyleリブレ、昨年初頭から使い始めたので今月で丸二年経過です。もうこれなしじゃ1型糖尿病生活できないくらいになってます。1型糖尿病患者としてのQOLは飛躍的に改善されたと思います。
 製品自体はまったく変わってない(見た目も仕様も)ですけど、少しずつ改良されてるのではないかと思ってます。とくに肌との接着面。昨年夏はあれほど辛かった痒みが今年の夏はそれほどでもなかったし、普段の剥がした跡も以前ほど真っ赤ではないです。ライバル製品も出はじめてますし、改良しないとライバルに喰われちゃいますもんね。
 さらに精度というのか感度というのか、そこらも改良された気がします。じっとしてて以前ならなだらかな横向きトレンドの状態(飲み食いしてない)でもトレンドが真上指したり真下指したり。
 グラフ的にはそこまで上下動してないから自分の身体の変化ではなく、短い周期で変動をチェックしてるみたい。問題はなさそう。でもやはり真上や真下を矢印が指すと気にはなります。

★本年もいろいろお世話になりました。
 来年もぼちぼちだらだらと毎日が日曜日な生活を送る予定です。よろしくお願いします。

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