趣味遍歴

 私はたぶん幼少の頃から平均以上に多趣味だと思います。「だった」の過去形かな。いまはもう他人に「趣味はこれです」と自慢できるような物はないです。パソコン関連は趣味というより私の性格にはまってしまった私の一部なような気もしますしね。

 小さい頃からはまってきた趣味を羅列すると、読書(コレは趣味か?)・鉄道模型・写真(撮す方よりどちらかというとカメラの趣味)・エンジン機(飛行機だけどラジコンは手が出なかったのでUコン)・模型(いわゆるプラモデル以前の木製模型時代から)・SF(小学4年くらいからかな、最初はSFという言葉を知らず、中学生でSFマガジンに出会ってからSFと言うんだと知った)・音楽(小学生のころからポップス好き。中学二年でビートルズ、高校時代はフォークバンドやってたり)・音楽(レコード収集)・音楽(オーディオ)・切手収集・ビリヤード(四つ玉)・ボーリング・ピンボール・マンガ購読(立ち読みじゃなくて買うんです)・はしご酒・パソコン・プログラミング・パソ通等々

 どれも普通に生活の中でやってるって人もいるでしょうけど、私の場合、とにかくのめり込みます。どれもこれもその道の専門用語でそれなりの人と会話が出来る程度に凝りました。並べてみるとアウトドア系のものは一つもないですね。はしご酒の移動中はアウトドアかしら。それとエンジン機も? だけど作るのは室内だからアウトドアの趣味とは言わないか(^_^;)

 ボーリングにはまったのは高校生のころですが、一ゲーム250円のころ、早朝割り引き投げ放題500円とかありまして、週に一回くらい朝6時から8時ごろまで一人で10数ゲーム投げまくってから学校に行くなんてこともしてました。時間目いっぱい投げないともったいないので、朝六時からに間に合わせるために自宅を朝5時台にでます。いま思えば異常だよなと思えなくもない。

 上記のうち、悲しい想い出とともに終わった趣味が一つあります。残りは自然に飽きたか、まだ続いてるか。あ、外での飲酒は出来なくなってしまいましたがそれは別扱いです。

 悲しい想い出のは鉄道模型。小さい頃、我が家は裕福とはとても言えず、親子四人で一階が六畳の和室と三畳の台所、二階が四畳半の洋間と二畳の納戸という小さな家に住んでました。当然自室だの自分の机などあるわけもなく、六段くらいの整理ダンス、半分ずつが私と兄の物入れでした。なんでもそこにしまっておく。鉄道模型が趣味とは言っても、出来合いの機関車などとうてい買えませんし、レイアウトなど置く場所などありません。「子供の科学」やら「鉄道模型趣味」、「模型と工作」などの月刊誌を頼りに機関車や客車を自作するのみでした。それも紙と木でできるような題材のものだけね。それでも部品は必要ですし、走らせるための線路やトランスなども必要。何年もかかって少ない小遣いで一つ一つ買ってその整理ダンスの自分の縄張りにきちんと整理してしまってたわけです。

 中学三年のときに引っ越しました。受験期の冬です。趣味どころではなかったので、引っ越し先で数週間確認してませんでした。息抜きにいじろうとしたら整理ダンスがないではありませんか。母に聞いたら「あれはもう要らないと思ってタンスが欲しいと言った隣の人にあげてきた。中身は適当に処分してと言った」と。青くなったか赤くなったかわかりませんが、息が止まりそうになって、そのまま自転車で一時間ほどの引っ越し前に住んでいたところに走ったのは覚えてます。隣家に飛び込んだ目の前にそれは転がってました。幼児がいる家だったんです。オモチャにされてばらばらになった私の機関車。他の大事な大事な部品群や、いつかレイアウトを作るんだと作りためたものなど。すべて捨てられたあとでした。なにも言えず放心状態で帰宅し、鉄道模型の趣味はそのまま終わりました。いま書いていても思い出すと気持ちがブルーになります。バラバラになった私の作りかけ自作SL....

 その後、私は何度も引っ越しをしますが、引っ越すときに何も捨てられない人になりました。どこに行くにも他人から見たらゴミにしか見えない物でも持って行きます。これは生まれ育った家から離れてない、あるいは実家がずっと同じ場所にある人にはわからない感情かもしれないですね。私の想い出が刻まれてるものはいま持ち歩いてる物しか他にないのです。


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『趣味遍歴』へのコメント

  1. 名前:オ-ルド爺さん 投稿日:2009/11/03(火) 15:12:46 ID:b2f4f1790 返信

    多くの趣味が頂点近くに達したというのは本当に羨ましいです。
    私の場合は全てが半端に終わりました。その理由は仕事が忙しくて暇が無かったことと、資本金がなかったことです。学生時代は暇はありましたがバンド屋の真似事程度のアルバイトでは通常の小遣い程度で趣味にまではとどきませんでした。
     就職してから一番注ぎ込んだのは小型映画で(8㎜)で学生時代の昭和30年からフイルムが発売終了になる少し前までやっていました。
     カメラはコダックの弁当箱から始まって、エルモタ-レット、キャノン814、ニコン8、フジ、チノンサウンド、エルモサウンド、キャノン1014と道楽しました。映写機も何台も買いました。いまでも最高機種だった3機があります。5年ほど使っていませんので動くかどうかわかりません。

    • 名前:なかの 投稿日:2009/11/03(火) 16:42:41 ID:0c92a6495 返信

      やだな(^_^;) 頂点近くになんて全然達してないですよ。当然お金ないですから本とカタログと人のを見るだけの「それなりに」です。物を買わなきゃならない趣味は、実際に買うのは(買えるのは)ごく基本的なものだけでした。あとは本とカタログでひたすら妄想です。それだけでもけっこう詳しくなるものです。カタログオタクだったですね(^_^) どの趣味に走ったときも、買えもしない機材のスペックをどれもソラで言えました。

      いま思えば「部活」ってのは便利な物でしたね。写真やってるときは写真部にいましたから、自分では持てない暗室だってあるわけで、モノクロではあっても現像から焼き付けまですべて揃ってる。カメラも中学生の分際で廻りはみな高級一眼レフだったりしましたけど、うちは裕福ではなかったのでオリンパスペンクラスが精一杯。それでも東京都のコンクールで銀賞に入ったりしました。朝礼で段に立たされてお披露目されたのは恥ずかしかったです。

      • 名前:オ-ルド爺さん 投稿日:2009/11/10(火) 14:47:05 ID:fd38009ce 返信

        なかのさんの趣味がそれぞれ頂点に達していただろうと考えるのは、コンピュ-タ関係のあれこれが頂点的レベルに見えることから、他の趣味も同じレベルにあるだろうと思うからです。なかのさんの性格からして中途半端で終わるなんて考えられません。私の場合はすべて中途半端でした。5年ほどまえこれについての懺悔録を書き始め「鉄道模型趣味」その他を書き終わりましたが、その趣味を知らない人に語っても空しいことに気が付き「お藏」になっています。
         写真も都コンクラスの入賞歴があれば立派なものです。私は調査士会のコンへ倶楽部の付き合い上だしたものだけでレベルが低い。だけど連合会報の表紙に二度採用されたのはよい想い出になっています。