「 2009年12月16日 」一覧

そろそろクリスマス

 イブまであと一週間(と、プラス一日だ)。ということで再びクリスマスの歌です。

 前回のときに「Aly & AJ」なる姉妹デュオを知り、いくつか聴いてるうちに完全にはまりました。一日何回か彼女たちを集めた再生リスト流してる。聴いていてすごく安心感があります。声質ももろに好み。この姉妹はディズニー系なのかしら。私、潜在的にディズニー系の歌とか歌い方、ハモり方が好きなんだよね。ほら、独特の味付けっていうか雰囲気があるでしょ、ディズニーの音楽って。いまでもディズニーチャンネルってのがあるようだけど、スカパー!とかの有料番組だから見られない。

 それにしても、欧米の人たちはクリスマスソング歌わせるとほんとに似合いますね。クリスマスソング、どれもこれも秀逸。

 ゴスペルが基調のビアンカ・ライアンとかコニー・タルボットは元々が賛美歌のクリスマスソング歌うと生き生きしてる。教会で普通にコンサート開いたりするもんね。彼女らの歌も混ぜようかと思ったけど、混ざりっけなしで Aly & AJ のクリスマスソングのみ集めました。とか言いながら、最後に三曲だけビアンカの曲も入れてしまいました。やっぱりビアンカの歌い方と声、私のツボにはまりすぎ(笑)

 Aly & AJ のクリスマスソング。題名ではピンと来なくても実際に聴くと、昔どこかで聴いたような気がする曲が多いです。始めて聴く曲ももちろんありますが。逆に、ああこの曲はこういう題だったんだとか思う。ラパパンパンの歌が「Little Drummer Boy」とかね。ラパパンパンって太鼓の音だったのか。


恐怖の採血のお話(予告編)

 私は50歳になるまでほとんど医者知らず。記憶に残ってる最後に医者に通ったのは10歳(小学五年生)の夏に歯医者に通ったくらい。その前に未就学児童時代に小児結核やって通院したらしいけど、幼すぎてところどころしか記憶にない。怪我も高校生の時に手首を捻挫したくらいで、骨折等怪我の経験無し。扁桃腺も盲腸もまだあります。体にメスとか糸で縫うとかまったく未体験でした。甲状腺機能亢進症もあるんですけど、それは別に病気というほどの感覚はないのでとりあえずネタにはなりません(伏線だったりするかも(笑))。

 前に禁煙のことを書いたけど、あれは不思議な出来事でもありました。それまで数十年もヘビースモーカー(を超えるチェーンスモーカー)で、何度も何度も禁煙を試みては失敗してたのに、ほぼ意思だけで禁煙できてしまったのが1999年(49歳)のとき。

 その翌年2000年秋になんかの拍子で10年ぶりの健康診断を受けることになり、受けたら副腎に腫瘤が見つかった。いまのところまだ大丈夫、でも放っておくとガンになるって言われ、かなり大きくなりつつあるところだということで早めに手術で摘出となりました。一年前の禁煙成功は天のお告げだったに違いないとそのとき思いました。ヘビースモーカーのままだったら、入院中きつそうですもんね。

 翌2001年春に手術前の検査入院をし、梅雨の頃に手術。入院って生まれて初めてだったんで、ちょっとウキウキしました。マジで(笑)
 検査の時に、副腎直接採血とやらで股間に切れ目を入れてそこから静脈にカテーテルを入れ、副腎直近の血を採血したり。部分麻酔だったけど、麻酔も生まれて初めて。たいしたことしてないつもりなのに、静脈にカテーテルを入れるってのは大変なことらしくて、死んでも文句言わないみたいな念書を夫婦で書かされたり、検査室から寝かされたまま絶対に動くなと指示されて病室まで「運搬」され、数人がかりで横になったまま台車からベッドに移されたり、おもしろかった。
 副腎摘出手術も4時間程度と言われていたのが、6時間もかかり、待っていた家族は本気で心配したらしい。けど、本人は手術台でマスクをされ「ハイこれを吸って」と言われ、三回くらい吸い込んだ記憶のまま、気がついたらベッドで名前を呼ばれて目覚めただけ。一瞬で終わってます。手術前も、特に自覚症状的などこが痛いとか苦しいとかなかったわけで、どこまで行っても自分のことのような気がしなくて、なんで廻りはみんな心配そうなんだろと思ってたです。術後もつらかったのは数日かな。あとは回復待ちだけの退屈な約一ヶ月でした。最後の一週間くらいは短時間外出届を出して、病院から現場へ行ったりしました。事務所と病院が徒歩数分だったので、そこらはほんとに短時間外出で仕事が出来た。

 その検査入院と手術入院のときは採血も別に恐怖というほどのことはなく、ごく普通だったので採血についての記憶はほとんどありません。

 手術後、5年間は毎年検査入院があります。一応内臓摘出なもんで、車でいえば、保証期間5年、毎年定期検査ってところでしょうか。ちなみに、統計上は術後5年間生存すると「完治」で、5年以内に同じ病気になると「再発」というらしいです。完治のあとは再発ではなく、新規にまたその病気になった扱いらしい。統計に出てくる数字ね。

 何が恐怖だったかって、私は血管が細くて針を刺す場所を探すのが大変なうえに(これは元々)、手術当時は「低血圧気味」程度、若い頃からずっとそうで採血も特段苦手ではなかったのに、術後ほんとうの低血圧(普段上80下50くらい、たまに上60とかになると数時間動けない)になってしまい、そのせいか、採血途中で血が出なくなってしまうようになりました。つまりですね、普通なら一回プスッと刺すだけの採血が2回にも3回にもなります。一日10回採血があるとすれば、普通なら10回針が刺さるだけなのに私は針が刺さるのが20回にも30回にもなる。もう針穴だらけ。刺すところがなくて、手の甲から採ったこともある。刺す場所が手先に近寄れば近寄るほど痛いのです。

 もっと怖いのは、連続採血の時。点滴用の針を刺しっぱなしにします。点滴を取り替えるときにしめるあの三方活栓を使って蛇口をしめておくわけです。この針、針というよりチューブです。しかも点滴は薬液を血管に流し込むんである程度は適当でいいらしいんだけど、採血に使うときはそのチューブがきっちりと入ってないとダメなんだそうです。採血用の注射針ですらスムーズに入らない人が、そんなチューブみたいな針を簡単に射し込めるわけはない。私の入った病院では採血は看護士さんがやるけど、この点滴針を挿入するのは医師の仕事ってことで看護士さんはやりません。正直いって、看護士さんのほうがずっと慣れてる。お医者の先生はうまい人はうまいんだろうけど、総じてこういうのは下手です。
 麻酔してくれと言いたくなるほどメチャ痛いです。ズリズリ、ズリズリ、っと入れてくる。入れた結果「あ、ここはダメだ」とか言いながら抜いてまた別のところにズリズリっと。聞いただけで痛そうでしょ? 本人はもう地獄の責め苦、拷問を受けてるようなもんです。三回失敗されて両手両脚にやられたときは、成功した段階でもう全身シャワーを浴びたように冷や汗びっしょり。手も固く握りしめてたようで自分では開けず看護士さんに一本ずつ指を開いて貰いました。

 予告編はこのくらいにしておきましょう。術後一年目の検査入院の時にモバイル機を用意して持ち込み、毎日自分の日記みたいな掲示板に記録したログが出てきました。それをここに再掲していこうと思ってます。かなり長いので数回にわけます。公開しちゃまずいことがあるといけないから確認と編集も必要なので、少々お待ちを。

前編」に続く