2010.06.17

不整脈のその後

 ゴールデンウィーク直前に心臓カテーテル検査を受けまして、その場でのアブレーション(焼杓)ができず、当面は薬を服用しつつ定期的に診察を受けて様子を見ることになったのですが。

 その薬、「メインテート」なるものが主に高血圧治療に使われる、つまり血圧を下げる薬なんですね。心臓を休める=血圧を下げることらしい。
メインテートの説明

 その説明だと糖尿病云々とありますが、私はそこらは関係ありません。そこでいうところの糖尿病とは2型糖尿病のことです。

 それはともかく、この薬、よく効きます。心臓のドキドキ感はほとんどなくなりました。なんだかとても楽です。

 が、しかし(笑) なんどか書きましたが私は低血圧なんです。なんかの拍子で上が60くらいまで落ちると数時間動けなくなることもあるくらいの低血圧。まあ、そこまでは滅多に下がりませんけどね。上80くらいまでなら普通に動けます(ちとだるさは感じるけど)。70まで下がると、動けはしますけど、やばいって気になってきます。

血圧グラフ低血圧の人が血圧下げる薬飲むとどうなるか。心臓カテーテル検査を受けることに決まった4月中旬から血圧を記録してありますのでみてください。メインテートは4月29日から服用を始めてます。


 グラフ部分の140と90にラインがあるのは、「上と下がその範囲に収まっていれば正常」という意味です。普通は「血圧の管理」といったら高血圧のことしか考えないです。

 グラフを見れば一目瞭然。薬を飲む前と飲んでる最中と上下で10は違います。脈もかなり遅くなる。数値は平均値しか出てませんけど、5月中の「上の最低記録」は75で「下の最低記録」は42です。脈も普段は70前後だったのが、50~60くらいに落ちてます。

 あまりにも低すぎるので6月7日の診察で、この薬はやめることになりました。8日から服用してません。グラフでもその日を境に上下が上がってます。血圧は良いんですが、脈拍数も少し上がり気味かつ動悸も再び気になるようになってしまいました。ということは、不整脈の心配も出てくるってことかもしれないのが気になります。

 薬の影響が切れるのに10日くらいかかるってことで、影響が切れた頃の21日からまた24時間心電計「ホルター」ってのをやることになってます。数値には出てこなくても影響が切れるにはそれなりの日数かかるのかも知れないですね。

 この暑さの中、ホルター心電計取り付けて電極は汗で剥がれたりしないんだろうか。それと汗でかゆくなったりしたらイヤ。どうなるんだろか。それがいまから気になってます。


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2010.06.15

1型糖尿病について:その2

1型糖尿病について からの続きです。

 2型とは違う物だということを前回も書きました。もう少し続きを書きます。

インスリンペン前回、針だけの画像を載せましたが、ペン型のインスリン製剤に針を取り付けたところです。このペン型のインスリンはディスポーザブルです。空になったら全部を捨てます(病院に持って行く)。
拡大先っぽ部分の拡大画像。注射針とは思えない細さ。細い縫い針よりまだ細いかもしれない。



 
糖尿病ネットワーク 1型ライフ」 ←このサイトが唯一に近い、きちんと1型を理解して説明してくれてるサイトです。「1型」を検索して出てくるのはほとんどすべてが2型の解説サイトで、記事中に「1型というのもあるんだよ」程度しか触れてません。興味があるかたはチラッと覗いてみて下さい。

 2型の糖尿病は糖尿病で死ぬ、ということはまずありません。糖尿病で死ぬのは「超高血糖でケトアシドーシス(高血糖性昏睡)」になるか、「低血糖性昏睡」になるか、の二つしかありません。そのうちケトアシドーシスは2型の糖尿病の場合、糖尿病であることを意識し、医師の診断を受けている方なら、よほどの無茶をしない限りなりません。なぜって2型はインスリンは体内で作られているからです。いろいろな要因で効き目が悪いだけ。ただし、高血糖は自覚症状がほとんどないですから、糖尿病であることを知らずにいると危ないです。暴飲暴食などして一時的に血糖値が600とか700になると死ぬかもしれません。また、インスリン治療を受けると2型でも低血糖をおこす可能性はありますが、元々「高血糖体質」なのでインスリン使用時に指導を受けて「理解していれば」そんなに心配するほどでもないです。

 2型糖尿病の怖さは高血糖低血糖による昏睡ではなく、常に高血糖でいることで血管がぼろぼろになっていき、結果として神経や腎臓、網膜など毛細血管に依存してる部分が壊れてしまうことにあります。

 1型糖尿病はそうではありません。インスリンが体内で作られないだけで、インスリンの効き目は健康人と同じです。ただ、注射した量しかインスリンは体内に存在しませんし、取り入れたカロリーを自動判断して量を調節してくれるわけではないので、一定の血糖値を維持するにはカロリーコントロールの努力が絶対的に必要となります。注入したインスリンに見合うだけのカロリーを摂取しないと、多ければ高血糖、少なければ低血糖をおこして危険な状態になります。

 言い方を変えると、インスリンをうったら必ずそれに見合ったカロリー分の飲食をしないと生きていけません。食べられないときはインスリンをうたなければいいのかといえば、そうもいかないのです。インスリンは血糖を消費するためだけに使われるのではなく、生きていくための必須ホルモンですから、インスリンを無しにすることはできません。これって実際に体験するとかなりきついです。食欲に関係なく、あるいは吐き気があろうとも、下痢をしていても、とにかく「インスリン注射と食事」を省略できません。

 現在の血糖値ではなく、過去2ヶ月分くらいの血糖値平均を示すものとして、Hb(ヘモグロビン)A1cというのがあります。健康人で5.5以下。6くらいになると「境界型糖尿病(糖尿病予備軍)」と言われます。この値が8を越えると半年に一回は網膜剥離予防のために眼底検査が必要になります。2型糖尿病でこの値が(いくつからかは知りません。人によって違うだろうし)インスリン治療の目安になるようです。1型の血糖コントロール目標値は7.5程度だそうです。

 私は発病以来、この HbA1c を6.3~6.7に保っています。平均で6.5くらい。これはちょっと自慢していいことらしいんですが(インターネット調べ(笑))、うちの医者は、ふふん、と聞くだけで全然何も言ってくれません。この値におさめるにはかなりストイックな生活になります。私は「オタク」なんで、オタク精神がここにも活かされてます。なんにでも凝る人ですから、血糖値管理にも凝ってると思って下さい(笑)

 模範的な血糖値に保つと、常に低血糖におびえることにもなるんですが、幸い私は自営業なので自分で仕事の予定を立てられるし、大人なので(1型はほとんどが小児)低血糖になる前にその前兆を自覚できますから、なんとかやっていけてます。週に一度くらいは低血糖ギリギリでブドウ糖のお世話になってます。ちなみにブドウ糖って何か特殊な薬品みたいなイメージがありますが、見た目も味も普通の「砂糖」です。普通の砂糖は食べてから(実は砂糖に限らないんだけど)消化吸収されて血糖(血糖=ブドウ糖)になるまで30分かかりますが、ブドウ糖は最初からブドウ糖なので摂取してから10分足らずで血糖になります。低血糖を起こしそう、あるいは起こしても初期ならブドウ糖を一定量食べて10分間じっとしてれば回復します。ただ、心身へのストレスはけっこうあるようで、数日はだるさが続きます。

 就寝中に低血糖を起こすと怖いらしいんですけど、いまのところ就寝中でも低血糖の兆しがあれば目が覚めてくれてます。

 寝てるときよりも、実は仕事で人と接してるときが怖いですね。慣れた仕事ではあっても、人と接してるときは必ず緊張を伴います。どんなに、そんなことはない、普通だと思ってる人でも実際には緊張しています。緊張してるとですね、その「低血糖の前兆」に気がつかないんですよ。あ!と思ったときにはもう低血糖の症状(冷や汗とか体が極端に震える)が始まってしまう。その段階でもブドウ糖を摂取してじっとしてれば間に合うんですが、客の前で「すいません、低血糖になったので10分休ませて」とは言いにくい。何度かギリギリで話の結末まで持って行き、車に戻って休んだことが実際にあります。だから私は単独行動はしません。近場で簡単に往復できて、かつ、そういうことを平気で言える相手のときしか一人ではいきません。どこに行くのもいつも夫婦同伴です。

 インスリン注射もあるし、食べられる量もかっちりと決まってるし、低血糖も怖いし、ってことでいわゆる「会合」とか、「研修会」とか、「懇親会」とか、「食事会」とか、「会議」とか、そういうもの諸々、一切不参加です。何かに参加するのはオンラインのみ。

 ああ、そうだ。1型で、2型の糖尿病より良いこともあるんですよ(笑)
 それは食事療法ってのがないこと。カロリーは決まってますが、種類の制限はありません。もっとも糖尿病の食事制限ってのは腎臓の塩分制限とかのものとは違って「バランスの良い健康食を取ることで体質を改善しよう」というものですから、誰でもが本来はそうしたほうが良いものなんですけどね。それに少量でカロリーが高い物は満腹感がなくてすぐ空腹になっちゃうので、結局はダメです。少量でカロリーが高い物+コンニャクとかでごまかす方法はあるけど、そこまでめんどうなことはしたくない。いろいろ制限はあっても、好きな物を食べて良いってのはやはり嬉しい。


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2010.06.10

ギターのリハビリ

 物入れから発掘したギターを見ていたら、久しぶりに弾いてみようかという気持ちになり、いじりはじめて早一週間過ぎました。

 弦はマーチンのエクストラライトが送料込みで1セット538円だったので購入。古い弦をさっくりと外し、新しい弦をつけてと。

ヘッド 最初の一本(6弦)をセットし、次に5弦を、ってとこでペグ(糸巻き)の場所を間違えたことに気がつきました。6弦を一番奥に張っちゃった。どうしようかと思いつつ、もう一度ほどくのもかったるいので強行しちゃいました。弦がちょっと交差するけど、まあいいや。ここで交差しても音が変わるわけじゃないしね。



 ギターに限りませんけど、楽器ってのは片付けちゃったらダメです。いつでも常に触りたいときに触れるようにしとかないとダメ。一分でも二分でも、ふと思ったときにいじれないと上達しません。普段納戸みたいになってる畳の部屋に転がしておくことにしました。しばらくはケースにもしまわない。しまっちゃったらたぶん弾かなくなっちゃうと思うから。

指 一週間経ってもまだ指はヤワヤワで、痛いですからスライドはもちろんチョーキングなどできません。それでもまあ親指の爪で触ってみると、右指の腹とずいぶん感触が違ってきてるから、一ヶ月もいじってればそれなりになるかもしれない。
 数分遊んでからの指の写真です(見えるかな)。痛々しそうだね。実際痛いんだけどね。そういうふうに跡がつくってことは食い込んでるわけで指を離すときにちょっとでも引っかけるように指をあげると弦もくっついて来ちゃって余計な音が出る。固くなるまでそこらは我慢だ。
 握力も全然足りないので、テニスボールがあったからそれを脇に置いて、左手が空いてるときは握りしめてます。



胴 保存状態が良かったのか、運が良かったのか、ネックのソリもほとんど無いに等しく、手入れもきちんとワックスかけたりしてましたので塗装などもきれいだし、ピックガードの剥がれもありません。音も良いです。


ネック


ネックの付け根ネックの付け根です。



 音と言えば想定外だったのが音の大きさ。楽器の音って大きいですね。まだ左手が思ったように運指できないので右手はそっと音を出してるだけなのに、うるさいかもしれない。

 練習中の楽器の音って耳障りなんですよね。近所迷惑の筆頭。
 遠くから聞こえてきて、一度耳についちゃうと離れてくれないし、練習中だから「いつも同じところで躓く」でしょ。あれがイラッとくる。その先に進め~! とか思う。と、どこかで思われてるだろなと思うとよけい音がだせなくなる(^_^;)

 弱音器なんてのがあるらしいから買ったほうがいいかもしれないな。あとギタースタンドも欲しい。

 で、私のギターなんですけど、なんだかすごい物かもしれないです。名前が「Hodaka」ってなってますでしょ?

 Hodakaで検索して「アコースティック・ギター・レポート」って記事を発見しました。私のギターはそこに載ってる写真そのものです。コメント書いてこようと思ったんですけど、コメントは書けない設定みたいでした。そのページに書いてあるそのギターの「状態」も、まさに私のギターそのまんまです。ペグが一つ壊れて違う物になってのまで同じだったりする(位置は違うけどね)。私のペグ(5弦)は現役時代に壊れて取り替えました。6個セットは高いのでバラで一個だけ買って取り替えた。ただ、私のギターにはヘッドに「TENNESSEE」の文字は入ってません。消したわけじゃないです(^_^;)

そのサイトに

一見、D-18のコピーっぽくも見えますが、ブリッジの形状なんかは69年前後のギブソン社のボトムベリータイプに非常に似ています。

とありますが、私が買ったのが高校一年の秋ですから1966年です。

もしかしてヤマハのダイナミック・ギターと同じ位に古いギターなのかもしれません。

 ヤマハのダイナミックはもう存在しました。高校一年のときに友人が持ってるのがそれでした。というか、廻りでスチール弦のギターといえばほとんどがそれでしたし、実は私もダイナミックを買うつもりで店に行ったんです。そこでこいつを発見。触らせてくれたんでいじってたらもうどうにもこれしか欲しくなくなっちゃって。高かったですよ。ヤマハのが4千円くらいからあった時代です。このギター25000円でした(ケース込み)。店に「必ず買いに来るから」と頼んで家に飛んで帰り、一生懸命ためた小遣いだけでは足りずに、祖母に10回払いで返すからと1万円借金し、翌日また店まですっ飛んでいきました。全財産はたいた上に借金して買ったわけで、思い出深いギターです。


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2010.06.03

毎日グラフ:’65春の乗用車特集号

 何ページか紹介しておきます。45年前のグラフ雑誌です。懐かしさに浸るだけで、深い意味はありません(笑)

表紙
表紙です。しまい込んでるときに上に乗ってたものとくっついてしまい、ちょっと剥がれてしまいました。


ヨタ8
右、巻頭カラー広告。トヨタS800です。「ヨタ8」と呼ばれて人気ありました。
左、東京オリンピックのために突貫工事で出来上がったばかりの「首都高速」です。まだ環状線になる前ですね。



首都高速



首都高速



カラーページはここまで。軽自動車の王様「スバル360」です。
1ドル360円の時代ですから、外車はとてつもなく高価でした。



初代「スカG」です。



ミニカーレーシング。実はこれにかなりはまりましてね(笑) この本を買ったのも、記憶をたどるとミニカーレーシングの記事を読みたくて、だったと思います。以下数ページ載せておきます。







当時のドライブマップも付録ページとして載ってました。東名高速がまだ予定線表示です。新幹線は東京オリンピックに間に合ったんだったかな。中学生の時に友達の親が国鉄マンで、そのツテで試乗券もらえて、開業直前に東京から小田原まで往復試乗しました。壁の速度計が200km/hを指したとき、試乗客から大歓声と拍手が沸いたのを強烈に覚えています。





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2010.05.30

懐かしい品々:その2

 ツイッターでバーニアの話が出まして、検索してノギスの図解 を見たら無性にいじりたくなってしまいました。

 たしか、しまい込んである箱のどこかに小さなコンパクトサイズのノギスがあったはず、と思い箱をいくつか捜してみたのですが見つかりません。

 ノギスは見つかりませんでしたが、バーニアを使った珍しい物が出てきました。子どもの頃の物ではなくて、仕事を始めてからの物ですが、もう30年以上前だから「懐かしの」でいいですよね。


プラニメーター。図面の上をコロコロと転がして面積を測ります。先例でこれによる求積でも分筆できるというのがあり、開業してすぐにそのメカニズムに惚れて買ったんですが、実務ではついに使った記憶がありません。まだスムーズに動きました。新品同様です。


バーニア部分の拡大写真



計算尺。これは実務で使ったわけじゃないです。なぜか一緒の箱から出てきた。中学生か高校生くらいのときのだと思います。まだ売ってるのかな。関数電卓があるんだから計算尺なんてもう用無しですよね。



古い計算機。さすがにこれは今回捨てることになりました。発掘されたのが運の尽き。左上のは SONY SOBAX350 なんですが、数字の表示が今風の7セグメントではなく、一桁ずつ縦に0~9の数字の光電管が積み重なってます。この計算機は自分で使ってたわけじゃなくて、知り合いの調査士が捨てるってのをもらったのでした。



製図器一式。もう使わないけど、これは捨てない。孫が使うかもしれないじゃないですか。使わないか...いま二歳の子が育つ頃には小学校だって一人一台のPCとか iPad とかになってて、最初からCAD(製図するとしたら)だよね。でも捨てないったら捨てない。


 あと、「毎日グラフ:’65春の乗用車特集」なんて本が出てきまして。中を数枚写真にしたんですけど、これは別稿にします。


 一枚だけ載せておこう(笑)
 石原裕次郎です。



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