1型糖尿病は「重い糖尿病」ではありません

 痛ましい事件が起こりましたね。七歳の1型の子にインスリンを使わず祈祷で治そうとして死なせてしまったと。なんというバカなことを。

 いくつかの報道で「重い糖尿病にかかっていた」と表現されていました。

 2型の場合は各段階がありますね。予備軍から始まり、薬も使わず食事や運動で改善する段階、進んで薬を使う段階、さらに進むとインスリン。ここまで行くと「重い糖尿病」と言われるようです。なぜそこまで進んでしまうか。答えは簡単です。自覚症状がないから。痛くも痒くもない。当面は数値でなんだかんだ言われるだけ。自覚症状がないんだから努力しても自分で改善されたのかどうかもわからない。ついつい怠る。結果、悪化して焦る。

 1型に重いも軽いもありません。最初から「インスリンを打たないと死んでしまう」状態で始まります。現在の医学では治ることはありません。すい臓(ベータ細胞)移植なんてのもありますが完治するわけではなく定期的に移植を続ける必要があり誰にでも行える実用的な方法ではありません。

 とにかく、生きていく(生存する)ために必須なホルモンを自給できないんですから、外部から補充するしかないんです。補充しなければ生きていけません。

 でもまあ、本人(自分)はそんなに死を意識した深刻さはないです。だって、食べなきゃ餓死するでしょ? でもとりあえずいまの日本でそれを日常的に心配する人はたぶんいないです。それと同じ。世界で考えればそこを心配しないとならない人たちはたくさんいると思うけど。

 今回の痛ましい事件。報道やその解説では誰も言ってませんが、キーは「インスリンを打っても治るわけではない(治らない)」じゃないかと思ってます。

 治療のためにインスリンを打つのではなく、生存のために打つんですが、そこんところをご両親は理解出来なかったのではないか。
 現代医学では治らない、治せない。それを「治せる」と言ってきた人がいる。無知故の悲劇ですが、すがりつきたくなる気持ちもわからないではないです。まあ七歳ですからね。過去より未来のほうがずっと長い。治せるなら治してやりたいと思って当然です。

 治すためにはインスリンを断てと言われた。

 インスリンを断ったら即刻影響が出て死ぬだろうという意識はなかったんでしょう。治ると言ってるんだから試して見よう、だめだったらまたインスリンを打てば良い。とにかくこの人の指導のとおりに一回やってみようと思ったんじゃないでしょうか。インスリンを断ったら死に繋がるとまでは理解していなかった。

 教えを実践して一回悪化してるんですよね。で、医者に駆け込んでる。なんでその医者が納得できるまで説明しなかったのか。できなかったのか。一回試して悪化したんだから、そのときにきちんと理解出来るまで説明するべきだったのではないか。したけど宗教と同じで聞く耳持たなかったのか。

 いやいや、狂信的な宗教もどきだったら最初の悪化で医者に駆け込まないでしょ。最初の悪化でそのまま続けてその段階で死んでるでしょ。ああでもそうか、悪化して医者に駆け込んだときに「なぜ、何をしてこうなったのか」を正直に告げていないのかもしれませんね。血糖値コントロールに失敗して体調を崩したとだけしか言ってないかも。

 一番信じてる親の無知と無理解が原因で高血糖性昏睡で死んでいく七歳の子の無念は如何ほどか。法で裁こうが何しようがもうこの子は戻ってこないです。

 1型糖尿病とは、の啓蒙が足りてないから故の悲劇って思いもします。