ヒゲは毎日剃るのが楽

 当たり前のことですよね。わかってますって。

 昔はほぼ毎日剃ってました。事務所を外に構えてましたし、毎日事務所に出勤するのにヒゲ剃らないわけにはいかない。いまでも外に出る日は剃ります。

 でも最近は昔みたいに毎日外出することってないんですよね。正確に言えば、人に会うために外に出ることが少ない、かな。散歩とか行きますし(笑)

 木曜日金曜日と人に会う用事がないと、さらに土日が入って計四日間も剃らなかったりします。

 私はヒゲを剃るのに基本は電動シェーバーです。うんと安い回転式のやつ。普通にそれで剃って、剃り残し的な部分を使い捨てカミソリを軽くあてて剃り、再度シェーバーを。ヒゲそりクリームとかアフターシェーブローションとか使いません。

 いつからそうなったんだろ。二十歳前後はまだ普通にひげ剃りクリームもローションも使ってたし、結婚したころも普通の替え刃式のひげ剃りを使ってた気がする。でもずいぶん若い頃から事務所に出勤する途中の車の中でシェーバー使ってた気もするし。

 ちなみに電動シェーバーは回転式に決めてます。横に振動するタイプも使ったことあるんですが、どう考えても理屈的に回転式以外は剃ったヒゲが散らかります。洗面台で剃ってみれば一目瞭然。回転式は刃が回転することで空気の流れができて剃ったヒゲを吸い込みます。どう考えたって電動シェーバーは理屈では回転式しかありえないでしょう。

 とにかくそういうわけで、ちょっと間が開くととってもヒゲが剃りにくい。どうしてもカミソリの出番が増えてしまいます。ほとんどを電動シェーバーで剃ったあと、カミソリをヒゲの流れに逆らってソッと当てるだけ。そり残した柔らかい眺めのを引っかけて剃るって感じなんですが、たまにしか剃らない人に電動シェーバーは非力です。高いやつなら問題ないのかも。

IMGP0225 で、この使い捨てカミソリ。こういう使い方だから昔はけっこう長く使えました。最近はすぐ切れなくなります。どうも切れ味が衰えるわけではないんですよね。二枚刃の間にヒゲが詰まっちゃってうまく剃れなくなるんです。

 よく考えたら昔の使い捨て二枚刃は、その断面図が「ニ」だったと思います。だから剃ったヒゲは後ろに押し出されていたような記憶がある。いまの使い捨て二枚刃は断面が「コ」なんですね。だからすぐ詰まっちゃって切れなくなる。刃の隙間を爪楊枝なんかで掃除すると切れ味が戻る。

 そういえば、昔、味の素の販売量を飛躍的に増やした工夫ってのを聞いた覚えがあります。要は消費を増やせばいいんですよね。味の素は「さっさっさ」のキャッチフレーズでなんとなく三回振っちゃうように洗脳したのと、蓋に空いてる穴を若干大きくした、って話が有名です。使い捨てカミソリもきっとそう。早く捨てさせればそれだけ需要が増えますもんね。ウチの仕事じゃそういう工夫はできないな(笑)

 ところで、「女性はひげ剃りがなくていいな」って奥さんに言ったら怒られました。毎日お化粧するのはもっと大変だって。しかも毎晩それを落とさないといけないからって。だから言ったんですよ。毎日落とすなら毎日化粧しなきゃいいじゃないかって。もっと怒られました(笑) まあ、私は男で良かったな、ってとこでしょうか。

『ヒゲは毎日剃るのが楽』へのコメント

  1. 名前:オ-ルド爺さん 投稿日:2014/04/06(日) 11:28:35 ID:a02483ddc 返信

     髭と剃刀、男の永遠のテ-マですね。剃刀は今や刀ではないので「カミソリ」というべきでしょう。
    でもね、年配者は刀の時代から始めたものです。安全カミソリは高価なものでしたから。
    その頃の男の子はナイフは必需品で、何でも削って遊んだものです。手回しの「鉛筆削り器」はありましたけど、学校にはなかったから休み時間になると大勢の生徒が鉛筆を削っていました。

     子供のころから刃物に慣れているから、今見ると恐ろしい剃刀も平気でした。最初から器用に使ってましたよ。

     安全剃刀がいつ頃日本へ入ってきたのかよく解りません。もちろん舶来品(輸入品)です。その時期について懇意にしていた「床屋のオヤジ」から高校生の頃聞いたことがあるのですが忘れてしまいました。時期以外の他のことは・・・オヤジのボヤキですが覚えています。

     安全剃刀は18世紀の末頃フランスで発明されたものだそうです。いわば「原型」です。その後アメリカで改良型が発案され1901年になってジレット氏が今の様式の特許を取ったとか。

     この安全剃刀が普及したことによって「床屋」の没落が始まったそうです。懇意にしていた「床屋のオヤジ」はもう故人でmさんという明治生まれの人でしたが、とにかく話好き。

     戦前(イラク戦争ではありませんよ。太平洋戦争です)
    は、繁盛している商店街のオヤジや大番頭は髭剃りを「月極」で床屋と契約していたそうです。本人の商売によって起床時間に差があるので、八百屋や魚屋は朝の4時とか5時、本屋などは始業が遅い。それぞれ時間帯を定めて商店街の主達が髭ソリにやってくる。この朝の時間帯の仕事だけで理髪店の経営ができる店もあったほどだといいます。
    危険な剃刀の時代は「髭そり」だけの客の方が多かったそうで、安全剃刀が次第に安価になり庶民階級まで普及して床屋の仕事はガタンと減ったとか。確かに散髪は3週に1度でもよいけど髭は毎日伸びますからね。

     世代が違うと意識の共通点が無いので、イラク戦争ではなくて、なんて話になりますが、大笑いした話を想い出しました。昭和天皇の侍従長をしていた入江相政氏と誰かとの対談記事で
     入江侍従長 「祖先が昔の戦で財産を無くしまして」
     対談者は当然太平洋戦争だと思っていたら、これが応仁の乱のことだった(大笑い)
    入江氏は藤原定家の末裔だからハナシのケタが違う。

     今は電気シェ-バ-の時代で本当に簡単になりました。
    フィルムから電子の画になり、カメラは誰が撮っても撮れる時代。ピントも露出も手ブレも全部道具まかせ。その昔フィルムの現像、印画の引き延ばし、暗い赤ランプのもとでやりましたが、今は明るいところでカラ-までプリントできる。映写機でフイルムを掛ける手間を考えるとdvdなんて超簡単。機械は進化したけど人間の能力は劣化しているのではないかと、この先心配です。

    • 名前:なかの 投稿日:2014/04/06(日) 16:38:29 ID:1107350b4 返信

       私が始めてひげ剃りしたのは、もういつか覚えてないですが、中学生くらいのはずですよね。1960年代前半ってとこでしょうか。シャボン玉ホリデーの時代ですから、当然のようにアレですよw 牛乳石けんのシェービングクリーム。道具はなんだったかなぁ。やはりジレットあたりだと思います。替え刃式の。ちなみに頭はヴァイタリス。これまた当然の「平凡パンチ」の影響です。広告に乗せられた一般大衆な選択ですねw

       鉛筆削りは肥後守(なんとATOKが変換してくれない。完全に死語なのか)もありましたけど、小学校一年入学時には小さな箱形の「鉛筆の方を回す鉛筆削り」が筆箱の必須アイテムだった気がします。でも竹ひご削ったり、模型作り(プラモデルなんかなくて木製でした)で肥後守も必需品だったですね。小学校高学年あたりでマルサンのプラモとか米国製のマテルとか入ってきて自分で削るってことはほとんどなくなりました。

       確かに、「刀」の時代はヒゲを自分で剃るのは面倒だっただろうと思います。ある程度伸ばしたままにして、はさみ(和ばさみ)でつまむほうが楽ですよね。昔の人はヒゲを蓄えてるのはそういうことなんでしょうね。とくに、いつ襲撃されるかわからない時代に、のど元を他人に刃物をあたらせるなんて、偉くなればなるほどできないだろうし、偉くならないとそんなところにお金を使えないだろうしw

       機械が進歩して人間の能力が劣化するというのは、そんなに心配してないです。それって結局、どんな時代でも必ずある「いまの若いもんは」ということじゃないでしょうかw 「それ」に気を遣うことがなくなれば、「他に」やることが出てくるものです。
       LPで片面30分程度聴くと立ち上がってひっくり返す、あるいは別のLPに取り替えるという作業がいまはもうないです。音が劣化したという意見もありますけど、でもラジオなどの「与えられる音楽」ではなく、自分の聴きたい好みの音楽に浸り続けることができる時代になりました。